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2024/05/17

「天使の両翼」第五詩:まどろみの中に咲く花





あの時はもう 

恋なんてしないと思ってた 

だけどまたあなたに 

恋をしています 




天国にも雪が降る 

その白き嘘はゆっくりと 

偽りや疑いをも覆い隠し 

優しく降り積もっていく 




あなたはまるで 

雪割りの花のようだった 




天国にも雪が降る 

頬を叩いていた冷たい風は 

やがて背中を押す勇気に変わる 

泣き続け立ちすくむ臆病な私の 




奪われた未来も 

叶うことの無い希望も 

弱さも醜さも愛しさも 

全てを真っ白に染め上げて 




天国にも雪が降る 




雪割り草に花が咲く頃 

短かく儚き夢は去っていく 

無邪気に笑っていた私達に 

別れを告げて 




あの時はもう 

恋なんてしないと思ってた 

だけどまたあなたに 

恋をしています 




恋をしています…… 














彼が愛する妻を追い出し

自らも家を飛び出してから

いったいどれだけの時間が

過ぎ去った事だろうか




既に彼には夜も昼も無く

眠い時に眠り

起きている時には

寂れた町角に座り込み




気が済むまで酒を飲み

苦しい時は麻薬を打つ




そんな荒み切った毎日を

彼はあの時から

ずっと続けていた




そして彼は夢を見る




自分と美しい妻と

そして産まれるはずだった

子供の三人で毎日を暮らす




彼が望んでもなお

手に入れる事も

叶わなかった

ささやかな未来の夢




今日も彼はまどろみの中で見続ける




やがて彼は目覚める

突然冷たい現実が

いつもの様に彼を迎える




無表情な町並み

突き刺すように痛む身体




そして彼は再び

酒ビンを手に取った

いつも彼はそんな現実から

目を背ける為に酒を飲む




彼は低くうめいた

最後のささやかな望み

その酒ビンまでもが

彼の期待を裏切った




彼が持ち合わせていた

わずかな金も既に

底をついてしまっていた




彼はよろよろと立ち上がった

そのみすぼらしい身なりは

まさに浮浪者そのものだった




ボロボロになった身体を

引きずるようにして

自宅へと向かった




再び彼は低くうめいて

その場に座り込んでしまった




自宅には

彼にとってあまりにも

美しすぎる思い出が

たくさん詰まりすぎていた




美しい花のような

妻との思い出が




彼は自嘲の笑みを浮かべ

再び立ち上がって

自宅へと向かった




全てを捨ててきた彼にとって

妻との思い出そのものである

自宅に戻る事はあまりにも

辛い行為であるはずだった




だがそんな理性や自尊心など

今の彼には既に

もうどうでもいい事だった




彼に今一番必要なのは

辛い現実から

目を背ける為の酒代だった




彼は帰宅の途中

ずっと自嘲の笑みを

浮かべ続けていたが

家に着いた時




彼は泣いていた

失ったものの

あまりの大きさに

そして愛する妻の為に












これで良かったんだ

他に方法はなかった

僕は

僕は間違っていない












彼は自宅の前で

糸の切れた

操り人形のように崩れ落ち




それでもなお

必死になって

そう自分に

言い聞かせてはいたが




止めども無く流れ落ちる涙は

もはや隠しようもなかった












なぜ僕はここに

戻ってきてしまったんだ

こんな気持ちになるのは

わかっていたはずなのに




戻ってくるべきではなかった

あのまま僕はあそこで

死んでいれば良かったんだ

もう二度とここには戻るまい












そう彼が決心して

立ち上がったその時だった




彼の視野の片すみに

信じ難いものが入っていた

庭先に植えていた花

小さな赤いつぼみをつけている












枯れていない

まさか……
 








 
 
 
彼は震える手で

自宅のドアに手をかけた














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2014/01/18 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「天使の両翼」第四詩:白き嘘





私は汝の行いを知っている。 
汝が生きているとは名ばかりで
実は死んでいる。

目を覚ませ。死にかけている
残りの者達を強めよ。

私は汝の行いが私の神の前に
完全なものとは認めない。
だからどのように受けまた聞いたかを
思い起こしてそれを守り抜きかつ悔い改めよ。

もし目を覚ましていないなら
私は盗人のように行くであろう。
私がいつ汝の所へ行くか
汝には決してわからない。

「サルディスにある教会にあてた手紙」より抜粋












それは確かに彼が

使っていたものに

間違いなかった




彼は身体のいたるところを

病魔に蝕まれ

その苦痛は常人の

理解の範囲を既に越えていた




そう




彼の身体はその苦痛を

僅かでも和らげる為の麻薬無しでは

到底正気を保ったまま

生きてはいけないほどだった




無論

そんな事情を彼女は知るべくもない




「どうして

どうしてこんな馬鹿な事を」

妻の澄んだ大きな瞳から

止め処無く涙が零れ落ちた




返事をしない夫に

なおも彼女は

もがくように言葉を続ける




「お願い

産まれてくる子供の為にも

こんな馬鹿な事はやめて

絶対にしないと約束して」




彼は衝動的に

弁解しようとして

彼女の顔を見た




そして

その衝動を抑えたその直後

彼は突然思った












美しい




彼女はとても美しく

そして若い




そうだ

僕はもうじき死ぬ

しかし彼女はあまりにも若く

そしてこんなにも美しい




間違っていたよ僕は

自分の不幸に酔うあまり

自分の事しか

考えられなくなってしまっていた




君はこんなにも若く

そしてこんなにも美しい




君は

君は子供を堕ろすべきなんだ

そして

そして僕と別れるべきだ




僕は馬鹿だ

君の言う通りだよ




僕はもうすぐ死ぬ

しかし君は若くそして美しい

いくらでも人生を

やり直す事ができるはずだ




僕は自分の命と

彼女の未来を

もう少しで

心中させるところだったんだ




本当に僕は馬鹿だ












怯える妻の前で

彼の表情が

狂気の笑みに歪んでいく




無論それは彼の演技だった

この時の彼の心の痛みは

決して他人にはわかるまい




「もう僕達、おしまいだな

もう僕はこんな

下らない茶番に

縛られるのは御免だ




この僕に麻薬をやめろだって

君と麻薬のどちらかを

選べとでも言うのか




麻薬は最高さ

君ではなく

麻薬こそが僕の至福だ




僕を満足させてくれるのはそいつ

麻薬だけさ

君の身体じゃない




僕は自分の生きたいように生きる

したい事をする

君もそうするがいい

僕同様にね




子供なんて

足枷にしかならない

何の興味もありはしない

迷惑だ




子供なんて

今すぐ堕ろしてしまって

この家から出て行くがいい」




泣きながら部屋を背にする彼女を

優しい目で見送りながら

彼は床へ舞い降りるように

へたり込んでしまった








おわった

何もかも








ついに彼は


自分の全ての幸せを諦めた




彼の残された最後の望みは

妻の幸福であった













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2014/01/18 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「天使の両翼」第三詩:落陽の後に





私が本当に必要なものは

この世界には無い

貴方がそうであるように




私にとって本当に大切なものは

この世界には無い

貴方がそうであるように




貴方を守り包みゆく

白き嘘

その痛みが貴方を支えると

私は知っていたから




私が本当に必要なものは

私にとって本当に大切なものは

この胸の内に在った




貴方がそうであるように……
 
 
 
 










自らの体に巣食う病魔を


妻に告白出来ず

彼の苦悩はずっと続いていた




「そうだ僕に

残された時間はあと少し

言わなければ彼女に




駄目だ

言えない」




彼が自宅に戻ったのは

もう空が漆黒の闇に

包まれた夜遅くだった




それまでの数時間

彼は自分がいったい

どこを歩き回っていたか

それさえも覚えておらず




そして恐らくは

自分が帰宅した事すらも

自覚していないのではないだろうか




家で夫を迎えた妻

だがその美しい顔は

彼同様陰鬱に暗く

深い疑念に囚われている




それでも彼女は

これだけは聞かねばならなかった




「決して隠したりしないで

正直に答えて

あなたの部屋に

こんなものがあったわ」




彼女がそう言って

夫に差し出したものは

薬ビンと注射器だった




彼は今やっと

目が覚めたように目を見開き

彼女の手の中にある物を

凝視したまま硬直してしまった




「お願い正直に答えると誓って

これは

これはいったい何なの?」




彼は妻を

まともに見る事ができず

目を伏せてしまった




そんな彼の様子は

彼女の疑惑を確信に

変えてしまうのに充分だった




「やっぱり




やっぱり

麻薬だったのね」













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2014/01/17 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「天使の両翼」第二詩:生まれ来る子供に宛てた手紙





闇の中道を見失った 

あなたへと贈る言葉 




奪われたものを 

嘆き悲しむより 

残されたものに 

感謝をしなさい 




なぜなら純粋な愛は 

決してあなたを恨まない 

決してあなたを裏切らない 




手の届かぬものを 

欲し足掻くよりも 

目の前にある愛に 

誠実でありなさい 




時に愛は残酷で 

人は愛の為に嫉み 

人は愛の為に疑う 




それでもなお人は 

愛する事をやめはしない 




なぜなら真に純粋な愛は 

決してあなたを恨まない 

決してあなたを裏切らない……
 
 
 
 
 









薄暗い部屋にたったひとり


彼は震える手でペンを握り

まだ見ぬ子供への手紙を

一心不乱に書き始めた








はじめましてって

これを書くのは変かな

僕はまだ君に会う事を

諦めたわけじゃないから




自己紹介しようか

こんにちは

僕が君のパパだ




今は君が産まれる

ほんの少し前




まずは君に

謝らなければ

どうやらパパは

君に会えそうもない




今僕はとても重い

病気になっていて

旅立ってしまうんだ

君のいない世界に




だから僕が生きている

今のうちに

君に伝えておきたい

事があるんだ




今君は幸せかい

いやきっととても

苦労の多い毎日を

送っているんだろうね




あと少しで君は産まれ

僕は死んでしまうんだ

身が裂ける程辛いけど

どうしようもなかった




生活は厳しいかい

僕を怨んでいるだろうね




お願いだ

どうか許してくれ

君に会う事も叶わず

死んでいくこの僕を




君とママを

支える事も叶わない

ふがいないこの僕を




僕に出来る唯一の事は

祈る事だけ




僕はもう

どれだけ生きて

いられるのかわからない




君に会えるだろうか僕は




せめて君に会って

それまで僕は

どうしても死ねない




そして僕は目の前の

まだ赤ん坊の君に

お願いをするんだ




パパのいないかわりに

これからは君とママが

お互いを支え合って

生きていって欲しいと




僕はもっと

長く生きていたい

せめて君に会えるまで




君に

君に会えるまで













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2014/01/17 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「天使の両翼」第一詩:葛藤と絶望に





あなたのその祈りは 

訪れることの無い明日を 

霧散し掴めなかった夢を 

永遠の安らぎへと昇華する 




あなたのその祈りは 

生きよと命じ息を吹きかけ 

雛は殻を破りて姿を現し 

外の世界でさえずりはじめる 




想いは決して失われなかった 

たとえ天と地が秩序を失い 

あなたを照らしていた星々が 

燃え尽きて地に堕ちようとも…… 















信じ難いまでの葛藤と絶望に彼は襲われていた 




彼はその表情に雷雨を伴った

夜の様な暗雲をたちこめさせ

普段の彼らしからぬ様子を

愛する妻の前に晒していた




彼女のおなかの中には

新しい生命が宿ったと

彼は聞かされていた

幸福に満たされた妻の笑顔




そんな妻に

この事実を伝えねばならない

彼の笑みは空虚で乾いていた




そんな彼の様子に気付けずに

妻は子供の名を考えていた

そして少し意地悪な笑顔で

彼にこう言ったのだった




「子供が生まれたら

あなたもたくさん遊んであげてね」




訪れるはずの無い未来に

妻はうっとりと目を閉じた

蝕む病魔と呪われた運命に

彼の胸は締め付けられていた




それでも妻に

この事実を伝えねばならなかった




彼を決して責める事はできない

なぜなら彼自身が未だに

この事実を受け入れられず

混乱し苦しんでいたのだから




彼は空虚な笑顔を

その乾いた笑顔を

無理に顔に貼り付けたまま

部屋を去り眠りについた




この呪われた運命を

愛する妻に告白出来ぬままに




蝕む病魔

葛藤と絶望

訪れるはずの無い未来

霧散し掴めなかった夢












僕は死ぬ

子供が生まれる

僕の命はあと数ヶ月

子供が生まれる




僕は子供に




僕は子供に

会う事が出来るのだろうか











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