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Destination Station of a Dream
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「無理だな、お前達では
絶対俺に勝てはしない
無駄な事はやめておけ」
こんな台詞で助けるのが
キレイなお姉さんなら
言う事はなかったのだが
「ありがとうね本当に
あなたは命の恩人よ」
そう言って目の前で
泣いて俺に礼を言うのは
愛嬌のあるかわいらしい
おばあちゃんだった
俺は自慢だが学生時代
ずっと空手をやっていた
腕もかなりのものだと
自負していいと思ってる
しかし真に残念ながら
俺の今の戦場はこの社会
しがないサラリーマンの
下っ端の営業に過ぎない
過去の輝かしい栄光とやらは
俺の営業成績に何の貢献も
してはくれなかった
せいぜい腹一杯になるまで
蟻のように働くしかない
だが今日は少しだけ
いつもの俺とは違う
大きな見積があるのだ
こいつはかなりでかい
プレゼンの資料も完璧
昨日も夜遅くまで見直し
細部のチェックも怠り無い
前日に見積提出先の街に
到着しホテルで一泊の間
自分でも感動する出来の
素晴らしい資料になった
これなら初めて会う顧客も
大満足間違いなしだと思う
翌日、寝坊さえしなければ
慌ててスーツに着替え
宿泊先から取引先へ
俺は全速力で走った
……で、その途中に
このおばあちゃんが
何者かに襲われてるのを
偶然見てしまったわけだ
見積を提出する相手は
もうすぐそこのビルに
いるというのに俺は
完全に遅刻が確定した
でも目の前で泣いている
おばあちゃんを見てると
恨む気にはなれなかった
「命の恩人なんて大袈裟だよ
ほらおばあちゃん
大丈夫かい
立てるか?」
俺はそう言って
手を差し伸べたが
おばあちゃんの手は
俺の手に届かなかった
腰を抜かしているようだ
俺はおばあちゃんを背負って
おばあちゃんが指差す方向へ
力無く歩く事にしたのだった
「本当にごめんなさいね
何か用事があったのじゃ
ないかしらひょっとして」
おばあちゃんは気を使って
そう言ってくれたが俺は
失望を必死の努力で隠し
努めて明るくこう答えた
「いいさ、どうせ可能性の低い
成功するかどうかわからない
不確定の仕事の話だったから
それよりおばあちゃんこそ
口から血が出てるじゃないか
ひどい事する奴らだな、全く
何で警察を呼ばなかったんだ」
おばあちゃんは
震える細い声で
悲しそうに答えた
「あれは私の親戚なのよ」
絶句した俺に彼女は
さらに言葉を続けた
「このあたりは昔は
ずっと向こうまで
田んぼだけだった
私は幼い頃貧しくてね
その辺に生えてる物で
食べられる植物を煮て
飢えを満たしていたわ
お金が無ければ
幸せになれない
若い頃はそう信じて
必死になって稼いだ
田んぼを売った金で
事業を起こして、ね
私はただ幸せに
なりたかっただけなのに
いつの間にか私の財産を
狙う親族間の醜い争いに
巻き込まれてしまったの
人生の最後で私は
こんなにも不幸に
なってしまったわ」
再びおばあちゃんは
俺の背中で泣き始めた
なぐさめる方法なんて
わからないまま俺は言った
「俺さ、実は見捨てて行こうと
最初は思ってたんだよね
でも今はもう後悔して無いよ
おばあちゃんの言う通りだ
さっきまでの俺は目の前に
ぶら下げられたニンジンに
興奮して走っていたんだ
あるかどうかもわからない
成功と金を期待してね
そうだよね、人間食べて
友人がいて、家族がいて
毎日生きていけるだけで
それだけでもいいんだな
実は本当の幸せなんて
もう既に手に入れて
いるかもしれないのに
それにも気付かずにさ
醜い男だよね、俺も」
おばあちゃんは笑いながら
こんな事を俺に言った
「あらそんな事は無いわ
貴方とってもいい男よ
私が50年若かったら
放っておかないけどね」
俺は唇の端を
引きつらせながら
無理やり笑顔を作って答えた
「あ、ありがとう
気持ちだけ頂いておくよ」
すぐ先の街角を左に
曲がったところで
おばあちゃんは
指差してこう言った
あのビルよ私の会社
取引先の営業の子が
もう来てるはずだし
急いで戻らないとね
……俺が見積を出す会社だった
写真提供:GATAG 著作者:mns007
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2014/02/18 自由詩:短編を様々な作風で Comment(0)
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