忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2024/04/26

「永劫に続く夜の中で」終詩:人々の記憶へ






富が欲しいか、名声が欲しいか

権力が欲しいか、金が欲しいか

そんな物を私は欲していなかった




昨日から続く

当たり前の日常

平凡な幸せ




それが明日も

そしてその後も

ずっと続く

ただそれだけで良かった……

 
 
 
 





暖かなベッドとシーツ


質素だが整理された小部屋

辺りに漂うスープの匂い




ここは天国だろうかと彼女が

勘違いしてしまったのも

無理からぬ事であったかもしれない




彼はどうやら

彼女が目を覚ました事に

気付いたようだった




「ご気分はいかがですか?

手荒な真似をしたことを

まずはお詫びします」




彼女は突然跳ね上がるように

ベッドから起き上がった

何がどうなっているのか

全く状況がわからない




その様子が少し可笑しくて

彼は失礼だと思いながらも

つい笑ってしまいながら

言葉を続けた




「あの場所であなたを説得する

時間の余裕はなかった

でもあなたの意思は固く

梃子でも動きそうに無かった」




その彼の言葉を聞いても

未だに彼女は混乱から

逃れることは出来なかった




彼は笑うのをやめ

心配そうに彼女を見つめる




「すみません、ひょっとして

まだ気分はすぐれませんか

時間は砂金より貴重でした

焦っていたかもしれません




手加減をする余裕も

私にはありませんでした

本当に申し訳ありません」




彼女は我に返ったように

あらためてシーツにくるまれた

自分の体を確かめてみた




後頭部に鈍い痛みが

かすかに残る以外には

毛ほどの傷も無かった




その様子を見て

安心したように彼は

さらに言葉を続ける




「あなたは死んだのですよ

もう追っ手は来ないでしょう

あなたは逃走し崖から落ちて

死んだ事になっています




あなたの死体は私が確認したと

報告も済ませました

そうする為にあなたを気絶させて

ここまで運んだのです




あの場所であなたを説得する

時間の余裕はなかった

でもあなたの意思は固く

梃子でも動きそうに無かったから




もうあなたは自由なのです」




そこで初めて彼女は彼の左腕に

きつく布が巻かれ大量の血が

滲んでいる事に気が付いた

彼は苦笑しながら弁解した




「これは狂言を本物に見せるために

どうしても必要でした

あなたに切られた事になっています」




彼女はそれを見て

初めてこの場所で声を出した




「血がこんなにたくさん

私の為にこんなことまで……

切ったのは私であるも同然です



ごめんなさい

本当にごめんなさい」




彼女は自分が切られたか

それ以上の様な悲痛な表情で

すぐさま彼に駆け寄って

その瞳から大粒の涙を流した




その姿を笑いながら彼は

優しく見ていた




「心配はいりません

傷はいつか癒えます

しかしあなたを見殺しにする

その傷はきっと一生癒えなかった




あなたがこの家で初めて話した事は

自分の事ではなく私の事だった

あなたを救うという選択が

間違いで無いと確信できました




あなたはあんな場所で

死ぬべき人ではありません」




彼女はその言葉を聞いて

肩の力が抜けたように座り込み

花のように優しく微笑んだ




そこでやっと

自分が助かった事に

彼女は気付いたのだった











だがここへ長居してはいけない

見つかったらまたこの方に

ご迷惑をかけてしまう

でもいつか必ず戻ってこよう




こんな私でも

出来ることがあるかもしれない

それをやり遂げたら

またいつか必ず戻ってこよう









そして彼女は再び旅に出る









教会から教会へ

彼女は巡礼の旅を続けた

告白し懺悔し苦しむ多くの人々に

彼女は様々な事を静かに語っていた




そして様々な言葉を

人々の記憶へ残して去っていった




世界にまだ錬金術と精霊

魔法があると信じられていた最後の時代






巡礼の旅を続ける一人の女性の姿があった



















写真提供:総合素材サイト|ソザイング 様 

 
詩・ポエム ブログランキングへ ←良い記事と思って頂けた方、宜しければクリックお願いします

拍手[0回]

PR

2014/01/15 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「永劫に続く夜の中で」第九詩:ルルドの魔女





世界にまだ錬金術と精霊

魔法があると信じられていた最後の時代

巡礼の旅を続ける一人の女性の姿があった




ある時は木陰で雨露を凌ぎ

晴れた日は草原で寝転び

老夫婦の施しに何度も頭を下げ

泉で水を飲みまた歩き始める




そして様々な言葉を

人々の記憶へ残して去っていった




強く印象に残るものではなかったが

ふとした瞬間やありふれた日常の中で

つい思い出してしまう言葉の数々

それはまるで彼女の様だった




ルルドの魔女は死んだ

その噂を最後に

彼女は忽然と姿を消した




多くの人が伝え聞いた話では

彼女は魔女として捕らえられた後に

巧みな話術で看守を騙し剣を奪って逃走

追い詰められ崖から身を投げたという




追った看守も左腕を切られ

重傷を負い不本意にも

軍を退かねばならなかった




彼女の遺体は崖下の濁流に流され

損傷が激しかったが

看守によって確認だけは出来た




報告書の方にはそう簡略に記されていた




彼女に関わった全ての人々が

その光景を想像できなかった

彼女はついに堕落し救済を拒んだ

その噂を信じることができなかった




彼女は魔法が使えるわけではなく

錬金術に長けているわけでもなく

精霊達の声を聞けたわけでもない

どこにでもいる普通の女性だった




思慮深く儚げな黒い瞳が印象的な

どこにでもいる普通の女性だった




ルルドの魔女は死んだ

その噂を最後に

彼女は忽然と姿を消した




世界にまだ錬金術と精霊

魔法があると信じられていた最後の時代

彼女は様々な言葉を




人々の記憶へ残して去っていった

















撮影者:サヤキ

詩・ポエム ブログランキングへ ←良い記事と思って頂けた方、宜しければクリックお願いします

拍手[0回]

2014/01/15 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「永劫に続く夜の中で」第八詩:永劫に続く夜の中で





彼女のか細い悲鳴が

闇よりも深く死の様に暗い

空虚な独房の空気を切り裂いた




私は驚いて彼女の口を

慌てて片手で塞いだ

再び静寂が辺りを支配する




彼女は抵抗しても無駄だと

思っているのだろうか

目を閉じて身動ぎもしない

震えているというのに




出来るだけ落ち着いた声で

私は彼女に話しかけた

早く安心させてあげたかった




そのまま静かに聞いて下さい

私を覚えていらっしゃいますか

以前あなたの話を聞いた者です




彼女は恐る恐る目を開いた

そして私を確認すると

肩の力が抜けたように座り込み

そして花のように優しく微笑んだ




はい、覚えています

野いちごの魔法はいかがでしたか




私は周りが暗かった事に

感謝しなければならなかった

恥ずかしい様な照れ臭い様な

きっとそんな顔をしていたから




子供が喜びはしゃぐ姿を

あなたにも見せたかった




私はそれだけ答えるのが

精一杯だった

だが時間は砂金より貴重だ

私は急いで説明を始めた




あなたを助けに来ました

急いでこの場所を離れましょう

あなたはこんな場所で

死ぬべき人ではありません




彼女は少し驚いた表情で

真っ直ぐな瞳で私を見つめ

そして寂しげで儚げな笑顔で

静かにしかし毅然と答えた




残念ですがそれはできません

行けばあなたとご家族に

迷惑をかけてしまいます




思いもしなかった言葉

なす術も無く立ち竦む私に

彼女は言葉を続けた




誰かを犠牲にして

自分だけ助かるなら

私の今までの言葉が

皆嘘になってしまいます




その時の彼女の姿を

私は生涯忘れないだろう

壊れてしまいそうな微笑を

凛として美しい眼差しを




思いもしなかった言葉

なす術も無く立ち竦む私に

さらに彼女は言葉を続けた




私は死を恐れるあまり

全てを恨んでしまいました

私は死を恐れるあまり

神は私を見限ったと思いました




私は死を恐れるあまり

世界は私を拒絶したと思いました

そして私は自分の言葉さえ忘れ

堕落したかもしれなかったのです




でも貴方がここへ来て頂けた事で

私の魂は救われました




私の言葉に耳を傾けて下さった

私の言葉を覚えていて下さった

それがまた他の誰かに伝えられ

やがて多くの人に広がっていく




ほんの僅かでもそんな希望が

持てたまま私は死ぬ事ができる

取るに足らぬ僅かな私の生も

無駄では無いかもしれないなんて




私は幸せです




貴方にたったひとつだけ

最後にお願いがあります

この夜が終わりを迎えたら

私がどうなるかわかっています




酷い拷問を受けるでしょう

嬲り者にもされるでしょう

その時私はまた挫けてしまう

もう何も恨みたくないのです




貴方にたったひとつだけ

最後にお願いがあります

どうか貴方のその剣で

今ここで私を殺して下さい




牢内で私が錯乱して暴れ

仕方なく切ったという事にして

今ここで私を殺して下さい




私にあなたのその剣を

お貸し下さるのでもかまいません

明日きっと私はまた挫けてしまう

もう誰も恨みたくないのです




この幸せな気持ちを抱いたまま

静かに死にたいのです……




なんという哀しい願いだろうか

そして私は生涯忘れないだろう

その壊れてしまいそうな微笑を

凛として美しい真摯な眼差しを




だが時間は砂金より貴重だ

彼女の無垢で純粋な想いに

私は覚悟を決めなければならない

剣を握る手に冷たい汗が流れる




永劫に続く夜の中で

彼女のその細い体は

鋭く貫く衝撃とともに

力無く冷え切った床へと




眠る様に崩れ落ちていった















詩・ポエム ブログランキングへ ←良い記事と思って頂けた方、宜しければクリックお願いします

拍手[0回]

2014/01/15 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「永劫に続く夜の中で」第七詩:贖罪





ねえおとうさん、おなかすいたよ




その一言で私は殺せた

無論最初から

平気だったわけでは無い




むしろ相手よりも

怯えていたかもしれない

最初の一人を殺すまでは




途中からはもう

実はよく覚えていない

何人殺しても

同じになってしまっていた




幻想に蝕まれて精神も支配されて

抑えきれない負の感情が

永劫の炎となって身を焼き尽くした




そして血まみれの手で

病的なまでに夢中になって

目の前の恩賞にあり付いた




全てが手遅れだと悟る前に

名も無き穢れた呪いに

既に信心を奪われていた




貴様が持っているものをよこせ

全部よこせ

もっと、もっとだ




信仰はさらなる冒涜へと変貌し

神の祝福の届かないこの地で

私は異教徒を貪り奪い続けた




食べるためだと自分を慰めながら




狂気と死の蔓延する宴は続いた

もはや正気ではいられなかった

まだこの手に血がこびり付いている

まだこの手に肉が裂ける感触が残る




そんな目で私を見ないでくれ

もう思い出したくないんだ

まだこの手に骨が砕ける感触が残る

まだ耳から断末魔の叫びが離れない




気が付けば目の前に

舌を噛んで死んでいる女性がいた




醜悪な狂気の記憶から

ほんのひと時でも逃避するために

快楽を求めようとした自分が

やったのだと暫くして気付いた




その女性のすぐそばに

力なく泣き崩れる子供の姿があった

私の子供と

同じくらいの年齢の子供だった




ねえおとうさん、おなかすいたよ




私はまるで狂ったかのように泣いた

力尽きた後は声も無くさらに泣いた

金品と女性を手にした仲間が

不思議そうな目で私を眺めていた




そして今私は

牢獄の扉の前に立っている




以前教会でこんな私にも

分け合うことの尊さを

教えてくれたあの彼女が

扉の向こうで力尽き眠っている




神に仇なす魔女を助け

堕落したとの誹りは免れまい

だがこれが贖罪だと

言うつもりは微塵も無い




ただ彼女が捕らえられたと伝え聞き

何かせずにはいられなかった




私は手にした

鍵束のうちのひとつを

鍵穴の中へと差し込んだ












写真提供:GATAG|フリー画像・写真素材集  著作者:fusion-of-horizons

詩・ポエム ブログランキングへ ←良い記事と思って頂けた方、宜しければクリックお願いします

拍手[0回]

2014/01/14 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

「永劫に続く夜の中で」第六詩:拒絶





私は少数の人々が

身を寄せ合うような寂れた村で

薬草をつみ売るだけの

ありふれた貧しい家に生まれた




決して暮らしは

豊かとは言えないけど




昨日から続く

当たり前の日常

平凡な幸せ

それが明日も




そしてその後も

ずっと続くものと

根拠も無く信じていた




きっかけは流行り病

友人の様子がおかしいと

村の誰もが気付いていた

伝染病を疑っていた




私の知る薬草では

直せなかった

精神に異常をきたし

四肢が壊死する




そんな恐ろしい病気は

私の大切な友人を

瞬く間に壊し尽くし

黄泉の国へ連れ去った




私の知る薬草では

直せなかった

何かせずにはいられなかった




家族は旅に反対しなかった

単に口減らしを動機に

巡礼に出る人たちは

貧しい地では珍しくない




旅先では様々な出会いがあった




農家の人々、工房の職人

まじない師、船乗りや商人

身分の高いお方が物珍しさで

教会をのぞいて行った事も




私はこの巡礼の旅で

多くの貴重なお話を

たくさんの人達から

聞かせて頂けた




そして私は

次第に気付き始めていた




権力者は国内の安定を望み

異教徒の街から奪うと決めた

力ある者は戦争と混乱に乗じ

武勲と名誉と富を欲した




富ある者は異教徒の地と

交易の権利と財利を望んだ

力なき貧しき者は食べる為に

彼等に利用される事を自ら欲した




私は無力だった

知らなければ幸せだった




昨日から続く

当たり前の日常

平凡な幸せ

それが明日も




そしてその後も

ずっと続くものと

根拠も無く信じていた




世界が私を拒絶した

時代が私を拒絶した

誰も救ってくれなかった

神も救ってくれなかった




教えに従って

非暴力を訴えていた私は殺される




私は魔法など使えない

どこにでもいる普通の人間

だけどどこかでこんな日がいつか

来るかもしれないと思ってた




苦痛の果て亡くなった友人

告白し懺悔し苦しむ多くの人々

旅先での様々な出会い
 
何かせずにはいられなかった




だけど魔女でも聖人でもない

普通の人間である私は今

窓も無く光の差さない

冷え切った暗い牢獄




永劫に続く夜の中で

襲い来る死の恐怖にただ震えるだけ




こわい

こわい、こわい

こわいよ……
 
 
 











写真提供:GATAG|フリー画像・写真素材集  著作者:Dorothea Lange

詩・ポエム ブログランキングへ ←良い記事と思って頂けた方、宜しければクリックお願いします

拍手[0回]

2014/01/14 散文詩:連作で小説に近い詩 Comment(0)

自己紹介とご案内
 
HN:
Sayaki
ご案内:
楽天Books と amazon にて
電子書籍を出版しています。
詳細はリンク下記でご紹介。
 
 
目次:最初から読む
 
 
 
記事紹介・RSS
.
ランクサイト トーナメント戦 優勝作品

「3年待ってね」

「天国に降る雪」

「想いは流れる」(短編)

「いつだって僕の」

「サン・ミシェルの少女」

「想いは流れる」(長編)

「粉雪と涙」

「君の歌が聞こえる」

「最後の言葉」

「天使の両翼」

「君の歌が聞こえる」(後書き)

「最後に見た景色」

「想いは流れる」(後書き)


「君の歌が聞こえる」は初めて

ブログ部門でも評価頂きました。
 
 

注目記事全国ランキング上位作品

「君の歌が聞こえる」9970人/1位

「3年待ってね」5478人/1位

「アルテミスの弓」6171人/1位

「サン.ミシェルの少女」5377人/1位

「珍しいペット」5365人/1位

「君の歌が聞こえる」5438人/2位

「夢も見ずに」5407人/2位

「消えていく私」5423人/2位

「戦争と平和と愛について」5356人/4位

「冥府に住む聖者」5362人/5位

「天国に降る雪」5351人/5位

「悠久の中の一瞬」5339人/5位

「欠片の記憶」5422人/9位

「消えていく世界の片隅で」6203人/9位

 
記事紹介
,,

小説を読もう!様にて

1000 アクセス達成済テキスト

「冥府に住む聖者」公開5日目

「天使の両翼」公開7日目

「天国に降る雪」公開8日目

「想いは流れる」公開6日目


1000 ユニークアクセス達成テキスト

「想いは流れる」公開11日目

「天使の両翼」公開34日目

「天国に降る雪」公開29日目

「冥府に住む聖者」公開36日目



約1ヶ月間で累計アクセスが

10000 を超えました

読んで下さった方感謝致します
 
 
 
カレンダー
 
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
 
 
Event

これまでの履歴

定期WEB演奏会の曲に詩を提供

デイリー大阪読書日報 様 
にて二作品紹介

「天使の両翼」

「天国に降る雪」


電子書籍出版C'lamP 様
にて五作品紹介

「オルフェウスの竪琴」

「その向こうに見たもの」

「無理に笑う人」

「夢も見ずに」

「四月になれば」



楽天Books電子書籍kobo

ブクログのPuboo にて

「天使の両翼」販売開始


楽天Books電子書籍kobo にて

「オルフェウスの竪琴」無料公開


楽天Books電子書籍kobo にて

「悠久の中の一瞬」短編集 販売開始
 
 

楽天Books電子書籍kobo にて

「君の歌が聞こえる」販売開始


楽天Books電子書籍kobo にて

「冥府に住む聖者」短編集 販売開始


amazon にて kindle版

「想いは流れる」販売開始


amazon にて kindle版

「悠久の中の一瞬」短編集 販売開始

 
カテゴリー
 
 
 
最新記事
 
(03/09)
(12/31)
(12/26)
(12/23)
(11/23)
 
 
目次:最初から読む